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名古屋地方裁判所 平成9年(行ウ)21号 判決 1999年5月14日

名古屋市緑区古鳴海一丁目三〇六番地

原告

鬼頭孝嘉

右同所

原告

鬼頭品子

名古屋市緑区古鳴海一丁目四番地

原告

佐藤良枝

名古屋市緑区鳴子町二丁目一五九番地

原告

鬼頭忠義

右四名訴訟代理人弁護士

福島啓氏

同右

花井増實

同右

鈴木良明

同右

萱垣建

同右

米澤孝充

名古屋市熱田区花表町七―一七

被告

熱田税務署長 服部重幸

右指定代理人

鈴木拓児

同右

堀悟

同右

相良修

同右

栗田博氏

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告らの平成五年八月一九日の相続開始に係る相続税について、平成七年八月三一日付けでした更正処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、被告から相続税の更正処分を受けた原告らが、被告が、相続税額を算出するにあたり、<1>被相続人が、詐欺あるいは錯誤によって、現実の取引価格(以下「実勢価格」という。)を大幅に上回る価額で取得した土地に、平成八年法律第一七号租税特別措置法の一部を改正する法律による廃止前の租税特別措置法(以下「旧措置法」という。)六九条の四(相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算特例。以下「本件特例」という。)を適用したこと、<2>相続財産である土地や家屋と一体となっている構築物を独立して評価したこと、<3>相続人間に著しい不平等を惹起するような評価をしたこと、がそれぞれ違法であるとして、右更正処分の取消しを求めたものである。

二  争いのない事実等

1  原告鬼頭孝嘉(以下「原告孝嘉」という。)同鬼頭品子(以下「原告品子」という。)、同佐藤良枝(以下「原告良枝」という。)、同鬼頭忠義(以下「原告忠義」という。)、訴外志水芳弘及び訴外弓削田知美は、いずれも、平成五年八月一九日に死亡した、亡鬼頭六郎(以下「亡六郎」という。)の相続人である。

2  亡六郎の相続(以下「本件相続」という。)にかかる原告らの相続税(以下「本件相続税」という。)についての課税の経緯は、別表1記載のとおりである。

3  原告らは、本件相続税の申告及び各修正申告において、本件相続によって取得した遺産(以下「本件相続財産」という。)のうち、別表2記載の土地(以下「本件土地」という。)の価額を九〇万四六六八円と評価し、また、別表3記載の各構築物(以下「本件構築物」という。)を本件相続財産の価額に含めなかった。

4  本件土地は、亡六郎が、平成二年九月一二日に、近藤一芳(以下「近藤」という。)から、代金一九九九万五〇〇〇円で買った(以下「本件売買」という。)ものであるところ、被告は、原告らに対し、本件特例の規定に従い、本件土地の取得価額である一九九九万五〇〇〇円を課税価格に算入し、本件構築物を土地又は家屋とは独立に四六五万三五一四円と評価した上、法定の計算方法により、原告らの相続税額を別表4、5のとおり算出し、平成七年八月三一日、右相続税額に基づき更正処分をした(以下「本件更正処分」という。)。

5  原告らは、平成七年一〇月四日、本件更正処分につき異議申立てをしたが、被告は、同年一二月二六日、右申立てを棄却した。原告らは、平成八年一月一八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成九年三月二七日、右請求を棄却した(乙三)。

三  争点

1  本件土地について、本件特例を適用することは適法か。

(被告の主張)

(一) 本件特例は、文言上、取得価額の異常性を考慮するという限定が付されておらず、適用の際に、実質的な事情を考慮する必要がないところ、本件土地の取得時期は、本件相続開始前三年以内であり、本件土地は本件特例の適用除外事由のいずれにもあたらないから、本件土地の課税価格に算入すべき価額は、本件特例を適用して、その取得価額によるべきであることは明らかである。

(二) 仮に実質的な事情を考慮するとしても、亡六郎は、土地取引の経験が豊富だった上、本件売買に際し、近藤に対し、面積の広い土地を購入することを申し込み、近藤の提示価額に納得して本件土地を買っているのであるから、本件売買は、詐欺又は錯誤により行われたものではない。また、本件売買当時、本件土地周辺は土地ブームに沸いており、本件土地の一平方メートル当たりの単価を超える金額での取引も少なくなく、本件土地の売買価額は当時としては普通のものであったので、本件特例の適用を排除するような事情は存在しない。

(三) 本件特例については、その適用により、極めて不合理な結果となることを防ぐため、平成八年法律第一七号による租税特別措置法附則一九条三項により経過措置(以下「本件経過措置」という。)が講じられ、本件特例を適用して算出される相続税額が、本件特例適用対象の土地等の取得価額を相続開始時の時価(相続税評価額)に置き換えて再計算した場合の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇(相続税の最高税率)の割合を乗じて算出した金額を超える場合には、後者の金額をもってその者の税額控除前の相続税額とするものと定められたところ、本件特例を適用することによって著しく不合理な事態を招いている場合の救済については、本件経過措置を適用することにより全うしうるのであるから、本件経過措置による救済の対象とならない以上、本件特例を適用した本件更正処分は適法である。

(原告らの主張)

(一) 近藤は、本件売買に際し、高齢で思考能力が衰え、土地取引に関する知識の乏しい亡六郎に、本件土地を、実勢価格を大きく上回る価額で売ったのであって、本件売買は、詐欺により取り消しうべきもの、あるいは、錯誤により無効なものである。

(二) 実勢価格として信頼性のある財産評価基本通達による評価額を基礎にすると、本件土地の本件相続時の実勢価格は、九〇万円が相当であるところ、本件土地は一九九九万五〇〇〇円で売買されているのであり、右実勢価格を大きく上回っている。

(三) 本件特例は、不動産を適正に評価し、租税回避を防止して課税の公平を期するための規定であるところ、本件土地に本件特例を形式的に適用し、相続税額を算出した場合、相続税額が相続財産の実質額を大きく上回り、課税の公正・公平を大きく損なうことになる。本件特例にいう「取得価額」とは、正常な取引によって形成され、実勢価格を反映した価額をいうものであり、その取引及び取引価額が異常な本件土地には、本件特例の適用はないのであって、本件更正処分は違法である。

(四) 本件経過措置は、<1>基礎控除を一切考慮しない点、<2>全ての課税価格に対し七〇パーセントの税率を一律に乗じている点で、その算定式が不合理であって、実際のケースとしては存在しないようなケースのみ機能するのであるから、本件特例の不合理性を除去するものではない。

2  本件構築物に対する課税は適法か。

(被告の主張)

(一) 相続税の課税対象となる相続財産の価額は、財産評価基本通達の定めによって評価されているところ、財産評価基本通達九六は、構築物の価額について、土地又は家屋と一括して評価するものを除いて、原則として一個の構築物ごとに評価する旨規定している。ここで、土地又は家屋と一括して評価するものを除いている趣旨は、既に課税価格に算入されている財産について、重ねて別途独立した評価を行って課税価格に算入することは二重課税となるため、これを避けることにある。原告らの再修正申告(別表1の修正申告<2>)における土地及び家屋・構築物の評価額は、本件構築物の価額を含めて評価したものではなく、本件構築物は申告漏れとなっているので、土地又は家屋とは別に相続税の課税財産として評価されるべきである。

(二) 本件構築物を相続した原告品子及び同忠義は、本件構築物に係る被相続人の帳簿価額を引き継いでそれぞれ確定申告していること、相続開始時点より相当期間の経過した不服審査の段階で状況を確認しても、本件構築物に、特に著しい損耗や損壊は認められなかったことなどからすれば、本件構築物は、経済的価値を有している。

(原告らの主張)

(一) 本件構築物は、財産評価基本通達九六により、土地又は家屋と一体として評価すべきものであるから、本件構築物を土地又は家屋と独立して評価の対象とした被告の更正処分は違法である。

(二) 仮に、本件構築物が、土地又は家屋と一体として評価できないとしても、本件構築物は、破損等のため廃物化していて経済的価値はないから、本件構築物に対する課税を行った本件更正処分は違法である。

3  本件更正処分は、相続人間の公平の原則に反しないか。

(被告の主張)

原告らは、遺産分割における相続税額の不平等を主張しているところ、法定相続人間における遺産分割は、当該法定相続人らが話し合いによって自由に決定できる性格のものであって、相続税は、その取得したところに比例して課税されるにすぎないから、相続人間に不平等を生じることはなく、本件更正処分が公平の原則に反することはない。

(原告らの主張)

本件相続財産に関する被告の評価を前提とすると、遺産分割により本件土地や本件構築物を相続した相続人は、当該財産の実際の価値が低いにもかかわらず、高い評価額を前提とした相続税を支払わなければならず、これを相続しなかった相続人に比して、著しい不利益を受けることになる。このような結果を招く被告の評価は、公平の原則に反するのであり、右評価に基づく本件更正処分も違法となる。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件土地に対する本件特例適用の適法性)について

1  本件土地が、本件相続開始前三年以内に取得されたものであることは当事者間に争いがないので、本件土地は本件特例の適用がある財産と認められる。

本件特例は、相続により取得した財産のうちに、相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地がある場合には、当該土地については、相続税法(以下「法」という。)一一条の二に規定する課税価格に算入すべき価額は、法二二条の規定(評価の原則。相続時における時価によるものとされている。)にかかわらず、当該取得価額として政令で定めるものの金額によるとするものであり、旧措置法施行令四〇条の二第三項に、政令で定める取得価額の金額は、土地については、当該土地の取得に要した金額及び改良費の額の合計額とされている。

本件特例は、短期間による地価の急騰という異常な社会経済現象の出現により、評価基本通達に基づく不動産の路線価等による評価額がその通常の取引価格、すなわち本来の法二二条にいう「時価」を的確に反映することができないという事態を生ずるに至り、その乖離に着目して、金融資産又は借入金により、実勢価格と相続税評価額の乖離の著しい不動産を相続開始直前に取得することによって相続税の課税価格を圧縮し、相続税の負担を回避する事例が見受けられるようになり、税負担の公平の見地から看過し得ない事態に立ち至ったことから、税負担の実質的公平を図るため、相続税の課税価格の圧縮を図ろうとする相続税負担回避行為を無意味とする方法として設けられ、その圧縮額を相続税の課税価格に加えることとしたものであるが、これは取りも直さず、法二二条の時価主義の原則によらず被相続人による取得価額を相続税の課税価格に算入するという手法で、評価基本通達に定める路線価等による評価額に代わる合理的な評価額として、被相続人による取得価額を採用したものとみることができる(大阪高裁平成七年(行コ)第六五号平成一〇年四月一四日判決参照)。

以上によれば、本件特例は、相続財産の評価の方法である時価主義の原則によらず、端的に右取得の要件に該当する土地の取得価額を課税価格とするものであり、当該土地の取得に要した費用とは、現実の売買価額をいうものと解すべきである。

2  そして、本件特例が、「実勢価格」によらず、一律にその「取得価額」をもって課税価格としたのは、当該不動産の取得価額は現実の売買価額であるから当該不動産の実勢価格を反映しているものであり、右実勢価格を大幅に上回ることは通常あり得ないことによるものである(同前判決参照)。

本件特例が、このような社会的事実を前提として立法されているとすると、現実の売買価額が実勢価格と大きくかけ離れていて、これを全く反映していないという事情が明らかに認められ、本件特例を形式的に適用した結果、かえって実質的公平を欠くに至るような場合には、本件特例を適用することはできないというべきである。

3  ところで、実勢価格というものは、実際の売買事例が積み重なって、次第に形成されていくのが通常であるが、不動産については、地域によって取引数に限りがあるのみならず、使用目的か転売目的か、売り急ぎや購入の必要性の程度、資金の調達力などの、売買当事者の事情によっても価額は異なることから、実勢価格といっても一義的に決められるものではない上、いわゆるバブル経済の時期においては、将来の値上がりを見越した思惑によって代金額が決定されていた事例が多かったということができ、直接的には当事者間にそのような思惑がなかったとしても、そのような思惑による全体としての地価の高騰の影響を受けて、高額な取引が行われていたと思われる。また、地価が更に高騰するとの思惑により契約の成否が大きく左右され、成約に至った事例が少ない場合においても地価が上昇する状況が生じたのであって、その当時において不動産取引に関係した者が抱いていた「実勢価格」といっても、人それぞれに幅があり、その幅は大きかったものと思われる。

このように、本件特例が適用される時期は、バブル経済の時期であり、現実の取引価額をいくつか収集して比較してみても、容易に説明のつかない価額の開きがみられるものと思われる。

このような実情に鑑みると、当該取引が他の取引事例と比べて高額であったという一事をもって直ちに実勢価格を反映しないものであったということはできないのであって、そのような価額であっても、現実にその値段で有効な取引がなされた以上、その売買価額は実勢価格を反映したものということができ、これを取得価額として課税価格に算入することができるものというべきである。

鑑定人竹本弘司は、「本件売買契約当時、特に平成二年のバブル経済の時期における社会経済を背景に、当時の世間一般人が土地に対して抱いていた値上がりが期待できる、開発できるかもしれないという思惑的な心理状態を考慮に入れた本件土地の取引相当価額は、五八六万円である。」との鑑定結果を提出した。

原告らは、右鑑定結果からみて、本件土地の売買価額は実勢価格を大きく超えるものであり、右価額を取得価額として課税価格に算入すべきではないと主張する。しかしながら、右鑑定結果は、他の取引事例と比較衡量をして、実際に取り引きされたであろう価額を算定したにとどまるものであって、他の取引事例が存在する場合と質的に異なるものではない。

前記のとおり、当該取引が他の取引事例と比べて高額であったという一事をもってしては、本件特例の適用をすべきでないということはできないのであって、鑑定結果と比べて高額であることを理由として本件特例を適用すべきでないとの原告らの主張は採用できない。

4  取得価額を課税価格として算入できる根拠は、取得価額が実勢価格を反映しているとみることができるからであるから、そのような事情が全く認められない場合には、本件特例を適用すべきではないが、3で述べたとおり、私法上、売買契約の効力に問題がない以上、取得価額が実勢価格を反映しているとみることができるのが通常であるから、売買契約が意思表示の瑕疵により取消しうべきものであったり、無効である場合の他、暴利行為に該当して公序良俗に反して無効と評価できる場合には、本件特例を適用すべきではないことになる。

5  原告らは、本件売買の意思表示に瑕疵があり、本件土地の取得価額が、実勢価格より著しく高額であったという具体的事情からすれば、本件土地に本件特例を適用することは違法であると主張するので、右主張について検討する。

証拠(甲四、乙一、二、七、九、一八、二〇、二二ないし二四、証人近藤一芳、原告品子、同孝嘉、鑑定人竹本弘司の鑑定)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 亡六郎と近藤は、昭和四〇年ころから付き合いのある旧知の間柄であるが、亡六郎は、そのころから土地の購入を始め、不動産業を行っていた近藤の仲介のもと、あるいは、近藤を売主として、昭和四五年に、妻である原告品子名義で、本件土地と同じく下山村にある三河湖近辺の土地を購入し、昭和四七年に、北海道瀬棚郡北桧山町の土地を購入するなどしていた。亡六郎が、わざわざ北海道の土地を購入したのは、北海道の土地は、安くて坪数が多いという理由によるものである。

また、近藤は、右各土地の購入に際し、亡六郎を現地に案内しているが、売買代金については、二人の仲が良かったこともあり、双方の希望により大雑把に決定されていた。

(二) 亡六郎は、農業を営んでおり、土地取引を開始したきっかけも、所有農地が市街化区域となり、固定資産税が上昇してきたため、その土地を売って、農地や山林に買い換えるという税金対策であった。従って、購入した土地を使用したり転売したりすることはなかったし、利用価値に乏しい鉄塔下の土地や、囲繞地などを購入することもあった。しかしながら、所有している土地の面積が少なくなることを嫌い、土地を売ったときは、その売却代金を利用して、必ず新たに土地を購入していた。手持ちの現金がないときは、新たに土地を購入することはなかった。

(三) 本件売買の五か月くらい前に、亡六郎は、近藤の弟に対し、土地区画整理事業の換地としてもらった土地一〇〇坪ほどを売却し、約六〇〇〇万円の売買代金を取得していた。

亡六郎は、自分の遺産分けのことを考えて、近藤に対し、場所はどこでもよいから、広くて手の掛からない山林が欲しいと、土地を買い受ける意思があることを伝えていた。

(四) 近藤は、子供が事業に失敗し、金銭が必要となったため、亡六郎に対して、本件土地の買受方を打診した。なお、亡六郎は、本件売買の前後を通じて、近藤がそのような事情で金銭を必要としていたことを全く知らなかった。

(五) 本件売買に先立って、近藤は、亡六郎及び原告品子を連れて現地案内を行ったが、実際は、近藤自身も本件土地の正確な場所はわかっていなかったため、本件土地を含む牧場地の一角に案内し、辺りの牧場を指して、本件土地はこの辺にあると説明した。

(六) 本件土地の売買代金は、近藤が、二〇〇〇万円程度であれば売ってもよいと言ったところ、亡六郎が、その程度であれば、買ってもいいという意向であったため、近藤の言い値で決定されたものである。右二〇〇〇万円という値段は、登記料五〇〇〇円を含めてのものであり、支払金額は端数の生じない金額になっている。

(七) 本件売買当時は、バブル経済の絶頂期からやや下降の兆候を見せ始めた時期ではあったものの、当時の世間一般の認識としては、今後も同じような好景気が続くであろうという感覚であった。

そして、下山村においても、豊田市に近い西部や中部地区では、山林開発や宅地分譲が活発であった。本件土地が所在する東部地区においては、結果的には、平成元年に加茂ゴルフ場がオープンしただけで、宅地開発は進まなかったが、本件土地の南東においてゴルフ場の開発計画が進められていたし、南部地区においては、トヨタ自動車のテストコース及び研究施設の建設計画があり、同地区についても土地需要はあり、地価が高騰する要因はあった。

近藤及びその関係者に対しても、ゴルフ場やトヨタ自動車のテストコースに関する土地取引の引き合いがあり、近藤は、土地に対する需要はまだ続き、土地は更に高騰するであろうとの認識を有していた。前記のとおり、鑑定人竹本弘司は、平成二年九月一三日時点の本件土地の取引相当価額を五八六万円とする鑑定結果を提出しているが、近藤は、平成一〇年九月二日に実施された当法廷における証人尋問において、「五〇〇万円で売ってくれないかと言われても、売らない。」、「今だったら、一〇〇〇万円で売るけど、その当時はよう売らんはね、きっと。」と証言しており、近藤は、本件土地がかなり高く売れるとの見込みを持っていたものである。

また、亡六郎と近藤との従前の関係と、亡六郎が以前に下山村に土地を購入していることからすると、亡六郎は、下山村においても、バブル経済により土地が高騰傾向にあること、前記事業等が計画されていたという状況は認識していたものと推測できる。

(八) 亡六郎は、本件売買の約二か月後に交通事故で入院し、死亡するまでの二年九か月間退院することはなかったが、その判断能力に影響はなかった。近藤は、その間、亡六郎を見舞いに病院を訪れたことがあったが、亡六郎は、近藤に対し、本件売買を詐欺であるとか、錯誤だといって、苦情を述べたことはないし、代金が高すぎたなどと文句を言ったこともない。また、亡六郎が原告ら家族に対して、詐欺にあったとか、錯誤があったと述べたこともない。

原告孝嘉も、近藤に対し、同様の苦情を述べたことはない。

右の事実によれば、亡六郎は、遺産分割のことを考慮に入れ、本件土地自体に利用価値がないことを理解した上で、本件土地は、自己の希望する面積の広い山林という条件に適合しているので、二〇〇〇万円程度であれば購入しても構わないと考え、納得の上で右金額での購入を決めたものと認められ、その後も近藤に対し苦情を述べる機会がありながら、それを行っていないことからすれば、本件売買の意思表示に瑕疵があるとは認められず、瑕疵の存在を理由とする原告らの主張には理由がない。

6  前記のとおり、鑑定人竹本弘司は、本件売買当時の本件土地の取引相当価額は、バブル経済の時期にあった当時の値上がりの期待を考慮に入れても、五八六万円(一平方メートル当たり一三三〇円)であり、平成五年八月一九日の本件相続時においては五五六万七〇〇〇円(一平方メートル当たり一二六〇円)であったとしており、本件土地の取得価額は、本件売買時及び本件相続時において、右取引相当価額の四倍近くであったことになる。

しかしながら、鑑定人竹本弘司は、前記鑑定においても、本件土地の近隣地域における六つの取引事例に、それぞれ必要な事情補正、時点修正などを行い、更に本件土地との地域格差を判定して、試算価額を求めると、一平方メートルあたり八三三円から二四〇八円となるが、右各取引は、公共事業目的、投機目的、転売目的など、個別事情を反映した取引であり、これらは全て時価による取引であるといえるとしているのである。

また、右鑑定及び乙八、一〇によれば、平成元年からバブル経済の時期より後である平成五年までの間に、下山村の内、豊田市に近い西部や中部地区のみならず本件土地が属する東部地区においても一平方メートル当たり一万円を超える取引があったし、前記認定のとおり、東部地区におけるゴルフ場の開発計画や、南部地区におけるトヨタ自動車のテストコース及び研究施設の建設計画などが現実にあって、近藤は現実にこれらの計画に関係して土地取引の打診を受けていた。同人は当時は一〇〇〇万円でも本件土地を売ることはなかったと証言している。

以上からすると、本件土地の売買価額それ自体が高額にすぎ、暴利を得ようとしたものであるとはにわかに断定することはできない。

そして、本件売買のなされた事情は前記認定のとおりであり、本件売買に至る経過からみても、暴利行為性を認めるべき事情もない。

よって、本件売買が公序良俗に反して無効であるということもできない。

7  次に、相続開始前三年以内に、取得時と相続時の時価に変動が生じたことから生ずる不合理については、本件経過措置により解消されたものと認められる。

本件経過措置は、平成八年度の税制改正において、本件特例が廃止されるとともに講じられたものであり、平成七年一二月三一日以前に開始した相続に係る相続税については、原則として従前の例によるものとし、本件特例の規定に従い、従来の課税関係を維持するが、相続により財産を取得した個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により取得した本件特例対象土地等を有する場合には、その者の各種の税額控除の額を控除する前の相続税の金額は、本件特例の適用を受けた本件特例対象土地等について、その特例の適用がないものとした場合におけるその相続人に係る相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額である本件経過措置適用後の算出税額と、この本件経過措置を適用する前の相続税額とのいずれか少ない金額とする旨規定している。

これは、実勢価格と路線価等による評価額との格差が縮まるばかりか、一部地域では前者が後者を下回る状況が生じたことから、平成三年一月一日以降に開始した相続に本件特例をそのまま適用し、取得価額をもって課税価格とすれば、相続開始時の資産価値を基準とする限り、不動産の相続については、他の資産により同額の資産価値の財産を相続した場合に比べて税負担が過大となり、本件特例によって課税の実質的公平を図ろうとしたこととは逆の意味での課税の不公平が生じる事態も生まれてきたため、このような税負担が過大となる事態を救済し、課税の実質的公平を図ることを目的として、相続税額の上限を画して本件特例の適用による課税に制限を設けたものといえる。

すなわち、本件経過措置は、被相続人の取得価額と相続開始時の路線価等による評価額との間において、前者が後者を下回ることがあるという事実を前提に、その格差から生じる課税の不公平が著しい一定の場合に、その適用を制限しようという趣旨で設けられたのであるが、本件経過措置によっても、本件土地に対する課税価格は、本件特例により算出された価額となるのであり、本件経過措置による制限が適用されることはないのである。

原告らは、本件経過措置は、その内容が不合理であり、救済される事例も稀であるから、本件特例適用による不合理性を解消できていないと主張する。

しかしながら、本件経過措置において、遺産に係る基礎控除を設けていないこと、及び、税率を一律に一〇〇分の七〇としたことは、所詮、立法政策の問題であって、相続税の性格からは、遺産に係る基礎控除を設けることや、税率を一律に一〇〇分の七〇とせずに取得金額所定の超過累進税率とすることが当然に要求されるものではないこと、また、本件課税規定部分は相続開始時における遺産の時価額を下回るように課税価格の一〇〇分の七〇に相当する金額を相続税額とするものであるが、右一〇〇分の七〇の税率は既に現行法に規定されているものと同じでこれと整合性を有するものであることを総合すると、本件経過措置の内容が、立法の裁量を超えて、著しく合理性を欠くとはいえない。また、相続財産中、本件特例の適用を受ける財産の割合が高い場合には、本件特例が適用される事例は稀ではないのであり、相続による財産の取得に担税力を認めるという相続税の趣旨からしても、本件特例は救済措置として不合理であるということはできない。

8  以上のとおり、本件土地の課税価格については、本件特例が適用されるから、本件土地に関する本件更正処分は適法である。

二  争点2(本件構築物に対する課税の適法性)について

1  本件構築物は、土地又は家屋と独立して評価されるべきものか。

構築物が、土地又は家屋と一体として評価される場合、当該土地又は家屋の課税価格は、構築物が存在しない場合と同じ価額となる(構築物の価値は、土地又は家屋の価値に吸収されてしまう)のであるから、構築物が、土地又は家屋と独立して評価されるべきものか否かについては、当該構築物が存在することによって、それが存在しない場合に比して、当該土地や家屋の客観的価値を一般的・抽象的に上昇させるか否か(具体的場面で、構築物がその価値を失うに至っているかどうかとは無関係である。)により決せられるべきである。

本件構築物の各写真(甲二、乙一二)によれば、本件構築物は、いずれも、土地や建物を、スイミングスクール、駐車場、マンションなどとして使用あるいは賃貸することを目的に、その目的に適するよう、付加価値を付けるために構築されたものであると認められるから、本件構築物の存在によって、土地や家屋の客観的価値は上昇しているといえるのであり、本件構築物は土地又は家屋と独立して評価されるべきものである。

2  本件構築物は経済的価値を有するか。

原告らは、本件構築物が破損等のために廃物化していること、あるいは、土地や家屋と独立しては取引されないので、独立して金銭に見積もることができず、結局価値を算定できないことを理由に、本件構築物が無価値であると主張する。

しかしながら、本件構築物の各写真(甲二、乙一二)によっても、本件構築物が廃物化しているとは認められず、原告品子及び同忠義も、本件構築物の価値が全て償却されたとはしていない(乙四ないし六)。また、本件構築物が土地や家屋と独立して取引の対象とならないことは、本件構築物の価値がないことを意味するものではない。原告らの主張には理由がない。

3  以上のとおり、本件構築物に対する課税は適法であるところ、原告らが、本件相続税の申告に際し、本件構築物の価額を、それらが構築されている土地や建物の価額に加えていなかったこと(本件構築物が、本件相続財産として申告されていなかったこと)は争いがないから、結局、本件構築物に関する本件更正処分は適法である。

三  争点3(本件更正処分は公平の原則に反しないか)について。

原告らは、本件相続財産に関する被告の評価を前提に遺産分割を行うと、相続人間に著しい不平等を惹起すると主張するが、原告らの主張する相続人間の不平等は、遺産分割の結果により生じるものであって、被告の評価により惹起されるものではない。従って、右事実は本件更正処分の違法事由とはなり得ない。

四  以上判示したところによれば、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 裁判官 達野ゆき)

別表1

<省略>

別表2 土地明細表

<省略>

別表3 構築物明細表

<省略>

別表4 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表5 相続税額の算出過程表

<省略>

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